
※インタビュー当時の役職
世界トップクラスのアノテーション技術、アッペンジャパンが見据える日本のAIの成長
AI開発には収集した画像、文章、発話、音声、映像、その他データに「アノテーション=注記・注釈」を付与したトレーニングデータが欠かせない。
1996年、オーストラリアで生まれたAppen(本社:オーストラリア、最高経営責任者CEO:マーク・ブライアン)は、100万人以上の熟練したクラウドワーカーネットワークを有し、7万以上の地域、170カ国、235以上の言語をカバーする。世界トップクラスのトレーニングデータで、AI開発および継続的な改善をサポートしている。
その日本法人であるアッペンジャパン株式会社の代表取締役社長の吉崎哲郎氏に、アノテーション業界の現状、日本のAI開発の展望について伺った。
「専門性」と「継続性」がアッペンの強み
2022年、創業26年目を迎えたAppenは、これまで数多くのグローバル大手企業のAI開発をサポートしてきた。

「Appenは、Google、Amazon、Facebook(現 Meta)などグローバル大手企業向けに、音声データを提供するところから事業をスタートしました。スマートスピーカーや音声認識など、さまざまな言語に対応したAIモデルを作るための音声データや文字起こしデータが求められていたんです」
Appenの取り扱うデータの種類は、音声以外にも広がっている。
「音声以外の領域のAIが発達したこともあり、画像や動画も手がけるようになりました。最近では、自動車の自動走行に使用する道路や街並みの画像、測定が難しい場所や構造物の3次元点群データのアノテーションも行っています。特に中国やヨーロッパでは、自動車関係のビジネスが活発です」
AI開発の要はトレーニングデータの質。Appenが「世界トップクラス」の質を担保できるのにはわけがある。
「研究者に近いレベルで言語学に精通した社員がいます。医療分野のアノテーションは医師資格を持った社員が担当するなど、分野ごとにエキスパートをアサインできることも強みです。また、画像や動画に関しても、撮影に精通したプロフェッショナルが多く在籍しています」
Appenの強みはデータの質だけではない。アノテーターで事業を行う企業は多いが、その多くが規模の大きなプロジェクトへの対応や企業としての継続性に課題を抱えている。
「アノテーションは、プロジェクトの規模に合わせて必要な人数を確保できることが重要です。また、大規模なプロジェクトほど長い時間がかかるので、その期間中、安定的に作業に取り組める体制も不可欠。そうした背景から、100万人を有するプラットフォームや25年間の実績を評価して、私たちを選んでくださる方もいます」
世界から遅れをとる日本のAI領域
昨年7月、Appenの日本法人アッペンジャパンは設立された。創業のタイミングが示すように、日本のAIは世界に遅れをとっている。

「日本は多くの製造業や自動車の業界を牽引しています。しかし、AIにおいてはかなり遅れをとっている。中国のAIビジネスの規模は、日本の5倍以上。産業の成熟度や企業が保有するデータの豊富さを考えると、日本に可能性はあります。しかし、AIをビジネスに活用できている実例が少ないのが現状です」
日本が遅れている理由の1つは、立地的な条件だという。
「世界のほとんどの国は、早いうちからさまざまな言語に対応することが求められてきました。ですから、自動翻訳や自動字幕などのプロジェクトが多く生まれた。しかし、日本は島国であまり言語に多様性がありません。そうしたニーズは生まれづらかったんです」
そう語る吉崎氏も、本格的にAIに取り組み始めたのは50歳を超えてからだった。
「前職まで約30年間は、製造業の世界で営業職をしていました。メンター・グラフィックス・ジャパンやケイデンス・デザイン・システムズ、オートデスクジャパン、PTCなどの企業を渡り歩き、半導体開発ツール、CAD、動画編集・3DCGシステムなどの製造業向けのデジタルソリューションを手掛けてきました」
AIを学び始めたのは、昨年。
「コロナ禍になって、新しいことを始めてみようと思ったんです。コーセラ(*1)でミシガン大学のPythonとAIに関する講義を受講しました。1日16時間、毎日見ていたので、本来2カ月かかるコースを5日で受講し終わって。初めてAIのことを学び、その将来性や応用できる産業の広さを知り、取り組みたいと思うようになりました。タイミング良くアッペンジャパンから声をかけてもらい、代表取締役に就任することになりました」
*1・・・世界中の大学の授業を無償でオンライン視聴できるサービス。
AIは人の生活を支える技術
吉崎氏は、今後のアッペンジャパンの方針を3つにまとめる。

「1つ目は、日本の方に『画像・動画データのアノテーション』を認知していただくことです。製造業が盛んな日本において、労働人口減少は大きな課題。多くの企業さまで、現場作業の効率化、自動化、検査工程の削除などが試行錯誤されています。私たちの技術なら、そうした企業さまの変革をサポートすることが可能です。
2つ目は、より多くの方に『データアノテーションプラットフォーム』を活用いただくこと。アノテーションの技術を持っている企業はあっても、プラットフォームを自社開発しているところは多くありません。Appenは自社でソフトウェアを開発・改善をしているので、アップロード、メンバーアサイン、アノテーション作業など、すべてがプラットフォーム上で完結できます。また、オンプレミスやSaaS型でも使えるので、幅広い企業さまに対応可能です。
最後、3つ目は、自動車の『自動走行に関するアノテーション』を推進していくこと。中国やヨーロッパと比べて、日本が遅れをとっている分野です。Appenは、中国で自動走行を手掛けている企業や、ヨーロッパの高級車メーカーとも協業し、世界中のデータを集めることができています。それらのネットワークを活用して、日本の自動車事業の成長を後押ししたいです」
アッペンジャパンの推し進めるAIは、人びとの生活をより安全で豊かにする可能性を持っている。
「自動走行では、通常の走行データの他、ドライバーの音声や表情、挙動などの車内情報を映像化し、アノテーションする技術も開発されています。ドライバーが眠そうだったり、てんかんの発作などで失神してしまったりするのを感知し、自動車を停車する技術に使われているんです。また別の分野ではヘルスケア領域など、介護の現場などで人手不足を補う技術なども開発されている。よく『AIは人の仕事を奪う』と言われますね。でも、実態を見ると『人の仕事をサポートする』という方が正しいと思います。AIは人の生活を支え、命を救う可能性があるものだと、みなさんに知っていただきたいです」
「立地の信頼感」と「ビジネスチャンス」が入居の決め手
日本のAI開発を推進するアッペンジャパンが、その拠点にEGG JAPANを選んだのにはわけがある。

「アポイントでお越しいただいたお客さまの役員の方から『丸の内にオフィスがあると、しっかりした会社に見えますね』と言われました。アッペンジャパンは創業したばかりで、社員は3名です。少しでもお客さまに安心感を抱いていただけるのなら、引き続きここに入居しようと思ったんです」
入居した理由は他にもある。
「ワークスペースの提供だけではなく、企業との交流会やスタートアップに必要な法律や会計の勉強会などを開催してくれるのが、EGG JAPANの良いところ。入居企業と顔見知りになることで、ビジネスチャンスが生まれる可能性もあります。また、東京駅の駅舎が見えるこの立地を、社員も気に入ってくれているんです。採用プロセスの中では、オフィスランチをしたり環境を見てもらったりするのですが、入社を検討する際のプラス材料になっています」
コロナ禍でオフィスを持たない企業も現れている。最後に、オフィスを持つ意義について吉崎氏に聞いた。
「これからは、オフィス出社とリモートワークのどちらも自由に選べる働き方が求められる時代です。リモートワークで完結する仕事もありますが、スタートアップだからこそ、集まることで生まれる一体感やスピード感も大切。『どちらがいいか』ではなくて、『どちらでも』同じパフォーマンスが出せる環境づくりが必要です。情報やコミュニケーションのインフラを整えるのと同じくらい、オフィス環境にもこだわりたいと考えています」
世界トップクラスのアノテーション技術を有するアッペンジャパンが、日本のAI分野の成長を加速させてくれることに期待したい。
取材・文:佐藤紹史
編集:岡徳之(Livit)
撮影:伊藤圭