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9月7日、株式会社アドライトは、「Mirai Salon #9 広がる睡眠ビジネス」を開催。予防医学研究博士の石川 善樹さんによる睡眠基礎知識の基調講演にはじまり、3名のゲストがビジネス目線での睡眠、「Sleep Tech」の今と今後の展望について語りました。

週末の寝溜めは社会的時差ボケを引き起こす

石川さんは、脳の機能を正常に保つには、「個人差はあるが、一般的には7時間の睡眠が必要」と話します。では、それより少ない睡眠をとり続けるとどうなるのか。

「イギリスの研究によると、6時間睡眠が続くと、7時間睡眠の人に比べて、脳の老化が2倍速く進んだと報告されています。加えて寝不足時はお酒を飲んだ時のように、脳の認知機能が低下するということを理解しておく必要があります。」

平日はハードワークで、週末は遅く起きるような生活を送ることへも警告を鳴らしました。 「土日に寝溜めをするということは、2〜4時間の時差が体に生じているということで、最近はそれを社会的時差ボケ(Social Jet Lag)とよびます。もし月曜日の朝から体がだるいように感じるのであれば、それは社会的時差ボケによる疲れかもしれません」

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これを防ぐために「生体リズムは起きる時間で決まるので、たとえ寝る時間にばらつきがあったとしても、起きる時間はなるべく一定にしておくとよいでしょう」と話します。

睡眠の構成からも睡眠を確保することの必要性を挙げました。「睡眠は序盤3時間、中盤の3時間、終盤の6時間以降の3ステージに分かれ浮かれます。序盤は深い睡眠で脳の疲れ、中盤は浅い睡眠で体の疲れ、終盤のレム睡眠ではストレスや心の疲れをとります。つまり、6時間以上寝ないと心が疲れたままということになります」。

このように影響が大きい睡眠だが、「健康な人に健康になることを売るのは難しい」と言いいます。そこで予防ビジネスの展開を考えている場合は、「睡眠とは?から始めるのではなく、世の中のニーズからスタートを」と締めくくりました。

仮眠は業務効率アップにつながる

株式会社ニューロスペース 代表取締役社長・小林 孝徳さんは、自身が不眠症に苛まれていたことをきっかけに同社を創業しました。睡眠の質を高める「睡眠の技術」を深く理解できるようなセミナーを活用した睡眠改善プログラムの提供、および睡眠センシング技術の開発などを行っています。

睡眠を記録し計測する類のサービスはスマートフォンアプリでも多数出回っているが、年代やライフスタイル関係なく一様に測るケースが大半です。

 人それぞれの睡眠パターンを知るべく、ニューロスペースは大手町エリアの企業を対象とした働き方改革・健康経営ソリューション「クルソグ」を含め、50社1万人以上を対象に睡眠改善プログラムを実施してきました。

初めに10問程度のアンケートに回答してもらい、企業あるいは部署ごとに睡眠の傾向をつかみます。次にマットレスの下に挿入をする非接触かつ高精度のセンシングデバイスと生体情報を解析するアルゴリズムを組み合わせ、客観的な情報を分析。シフト制の出勤体制から不規則な睡眠リズムが含まれる「吉野家」の店長や、職業柄時差ボケが起こりやすい「ANA」などで実証実験をおこなった結果、睡眠時間が平均30分ほど増え、質の向上もみられたといいます。

三菱地所には仮眠スペースのプロデュースをしました。スペースを予約すると最初は社内に共有されることから、「サボっている」と見られるという抵抗もあったといいます。そこで、利用者のフィードバックに加え、JINSが提供しているメガネ型ウェアラブルデバイス「JINS MEME」を使って実測値も実施。いずれにおいても仮眠は集中力や生産性に影響を与えるということが明らかになり、利用率が上がりました。

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株式会社ニューロスペース 代表取締役社長・小林 孝徳さん

「『(インテルインサイドのように)ニューロスペースのエンジンがあるから安心して眠れるよね』という世界観を生み出すために、今後も沢山の企業とアライアンスを組んでいきたいです」

こうした情報を将来的にエアコンなどと連携させ、就寝中温度で目が覚めないよう空調を自動で変更するといったような活用の仕方も検討されています。

中高生の睡眠時間の改善が学習効率に寄与

西日本電信電話株式会社の山下 福太郎さんは、大学時代からロボットを使った人間の行動に関する研究やセンサーを用いた人間の感情に関する研究といった「人間」についての研究に従事してきました。睡眠サポートプロジェクト「Peels」の立ち上げは、自身がロングスリーパーかつ研究者としての人間理解への興味からテーマを睡眠に絞ったといいます。

睡眠というテーマの枠で、経済産業省主催の「始動 Next Innovator」というグローバルなイノベーターを排出するプログラムにおいて、シリコンバレーでのVCへのピッチやユーザインタビューやプロトタイピングを重ね、いまの事業プランに行き着きました。

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中高生への睡眠教育とした理由は、「近年、特に中高生の睡眠不足は顕著で、推奨とされる睡眠時間が8時間のところ、高校生は6時間台といったデータがあります。また、睡眠不足は成長ホルモンや学習効果、記憶への定着にも影響があると言われ、睡眠が大切な時期だと考えています」

また、NTTグループで進めていく意義として、「インターネットの発展により、人と人の繋がりが緊密で、あらゆる情報へのアクセスがあらゆる場所、あらゆる時間に可能な社会において、生理的な人間の部分と肥大化した社会的な人間とのギャップをどのように埋めていくかに課題があると感じています。それを社会インフラを提供する企業がやることが大事」としました。

Peelsというプロジェクトネームは、「Sleep」を逆算し捉えることで、子どもたちに最大のポテンシャルを発揮してもらい、殻を破って欲しい(peel)という想いに由来します。

取り組みとして大きく2つ紹介してくれました。

ひとつは、株式会社すららネットとの取り組みで、小中高生にリッチなアニメーションを用いたオンライン学習システム「すらら」と連携し、睡眠知識コンテンツや、学習データと睡眠データを統合したレポートをつくり、塾や学校に提供。居眠りをしている生徒や学習により打ち込みたい生徒へのフォローに活用するというもの。

もうひとつは、札幌新陽高校「探究コース」で行った取り組みです。生徒はチームに分かれていい睡眠を取るための仮説を立て、睡眠データを記録して検証し、最後は動画で発表するという授業を実施しました。寝る前に様々なジャンルの曲を聴いてみたり、「授業中眠くなりやすいのはなぜか?」という疑問から、授業の音声を流してみるなどのユニークなアイデアが出ました(同学校の授業の音声でないことをお伝えしておきます)。

このように睡眠を意識するカリキュラムを進めた結果として、「睡眠自体の改善だけでなく、自宅での学習時間が増えたなど副次的な特徴も見られた」と、期待以上の成果を共有してくれました。

コロラド州のスタートアップと協業し、睡眠ビジネス策定へ

株式会社フジクラシリコンバレーオフィス所長の今井 隆之さんは、「(電線を作ったことで暗闇に明るさが灯ったため)睡眠の課題を生み出した会社といってもいいのかもしれない」と笑いを誘ったうえで、新規事業として取り組んでいる睡眠ビジネスについて触れました。

2017年に策定された「2030年ビジョン」の第一歩としてオープンイノベーションを掲げ、現在、アメリカ・コロラド州のスタートアップ「Sleep Shepherd」と睡眠ビジネスを推し進めています。協業ポイントは、同社の睡眠を計測し良質な睡眠を実現するデバイス。EEGと呼ばれる脳波測定を行い、計測値よりやや低い周波数の音を流すことで睡眠を安定させます。

ここで使うのが「バイノーラルビート」と呼ばれる、周波数の違う2つの音を流し脳波をコントロールできるとされるサウンド。こちらを使った時とそうでない時では16%程度の改善が見られたという(主観データに基づく)。客観的データは実証実験を行っている最中で、近いうちに結果が出るとのこと。

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株式会社フジクラ 新規事業推進センター シリコンバレーオフィス 所長・今井 隆之さん

「睡眠ビジネスをフジクラの掲げる健康経営のフィールドで試したいと思っていましたが、なかなか社内でいい返事は得られませんでした。今回の協業までの道のりは決して簡単なものではありませんでした」と振り返ります。

将来的にはBtoBに向けたビジネスとして睡眠を軸に展開していく狙いとあり、期待を寄せました。

課題やニーズに向き合ったソリューションが必要

株式会社アドライト代表・木村さんをモデレートに、ニューロスペース・小林さん、西日本電信電話・山下さん、フジクラ・今井さんが登壇した後半のパネルディスカッション、オーディエンスからの質問時間では、深い洞察が得られました。

睡眠のような新領域でのビジネス立ち上げのポイントを聞かれると、小林さんは「技術者だけが満足するプロダクトを作っても必ずしも売れるわけではありません。テクノロジーに関しては特に技術者ファーストになりやすい傾向があります」と指摘。消費者が困っていることやニーズを現場から聞き出すことが大切で、真新しさや技術のすごさだけでなく泥臭さが重要になるという。

山下さんは、「現場に張り付いていることも多いが、時代のトレンドがどのようになっていくか、睡眠だけをとっても、導入頂く業種・業態に応じてバーティカルに考えなくてはならない」と触れました。

睡眠ビジネスで「寝ないでも生きていける」という方向がないのはなぜ?とオーディエンスから質問が挙がると、小林さんは「生物の仕組みとして睡眠が不可欠である可能性が高いという点から、『寝ないでも大丈夫』と言い切ることは難しいのです。学会でも睡眠は明らかになっていません。資本主義的な考え方で睡眠時間を削りパフォーマンスを上げていくという考え方は、少なくともエビデンスがない今は危険で、なんらかの形で身体に悪影響を及ぼす可能性が高いです」と丁寧に解説してくれました。

では、睡眠不足と気づかない人に対し、睡眠ビジネスを売るのはどれだけ難しいのか?

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山下さんは「業態や人によっても売り方は変わってくると思いますが、たとえば、どれだけ寝ることが自分自身に適切か、寝ることによってどれだけアウトカムが変わるのかが読めないことに原因があると思います」と説明。たとえば学習面でいうと、睡眠1時間でどれくらいの学習効果が変わっていくのかといったデータを明らかにする方向で考えるとわかりやすい。「アウトカムの部分に睡眠とは別の指標を立てることで、1時間の睡眠がどの程度の効用をもたらすのか知れると面白いのではないでしょうか」(山下さん)

今井さんはフジクラの健康経営になぞらえ、石川さんも指摘した「健康な人に健康を売るのが難しい」ことに同意。一方で、時間が経つにつれレイトマジョリティ層にも健康経営が普及するようになってきたことも感じており、「将来的には健康な人はより健康を買ったり目指したりするような世の中になる可能性が高いのではないでしょうか」とコメントしました。

睡眠をトラッキングする計測機器の将来について聞かれると、小林さんは「ノイズが少なく処理がしやすくなるという点からインプラント型になるのでは」と予測。今井さんは、非接触のデータ取得型が主流になり、その中でもインプラントは「究極体」と呼べる存在にあるとしたうえで、「全てのデバイスが高性能である必要はなく、睡眠の記録をするだけならば簡易なものを選ぶように、デバイスの選定が実現したい目的によって異なる可能性もあるのでは」と回答。

「睡眠中の脳波を測定するだけなら今のような形態でもいいが、日常生活の脳波を測定するとなると別の形のデバイスが必要になってくるはず」(今井さん)

最後に、小林さんは睡眠ビジネスがプロダクト作りに焦点を当てている企業が多いことを指摘。「ポテンシャルが高い有望な市場であることは間違いないですが、お客様ありきでニーズなどに応えていかないと中身がない「バブル」となってしまう可能性が高いです。弊社は実態をつかんで本質的な社会構造、仕組みにしていきたいです」としました。

睡眠ビジネスを始めたことで、自身も寝る時間が増えた(毎日8時間)という山下さんも「睡眠について突き詰めていくことは大きな価値があるとともに、睡眠市場も大きな可能性があります。多くのパートナーの皆さまと連携することで、睡眠に変革を起こしていきたいです」と意欲を見せました。

同じく睡眠市場への価値は感じつつ、大きな会社がシェアを一気に奪いきるといった世界ではないという見解の今井さん。「個人に沿ったカスタマイズができるという意味では、ある意味ミクロな市場になるかもしれません」